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京都大学における肺移植

肺移植希望登録患者のつぶやき

 私たち夫婦が肺移植に関して初めて意識したのは平成9年4月中旬朝日新聞に掲載された「欧米では原発性肺高血圧症患者に肺移植手術が一般的に行われている」という記事でした。肺高血圧症と診断されて8ヵ月後、原因が特定できない原発性肺高血圧症と診断されて4ヶ月が経過した頃のことでした。まだその時点では仕事を続けながら内服薬で肺血圧降下を目指していましたので私たち夫婦の気持ちは暗闇の中に包まれてしまいました。追い討ちをかけるように半月後には主治医から仕事の中断と自宅療養を指示され、さらにその1ヵ月後にはS大学医学部付属病院入院を命じられてしまい、緊急時対応のためにかかっていた近医からは「ここまで来たら治療法は肺移植手術しかない」とまで言われてしまいました。臓器移植法(平成9年10月16日施行)が施行される4ヵ月半くらい前のことで、心無い言葉を発した医師を恨みながら奈落の底まで落とされて気持ちで妻と二人で家まで何とか辿り着いた記憶があります。

 主治医から初めて肺移植について検討してみないかと打診されたのはS大入院中の平成9年7月中旬のことでした。この時の私は病と闘う意欲がなくなっていましたので、検査結果及び治療方針については医師として東京の私立医科大学集中治療室助教授をしていた従兄と相談しながら進めて頂くよう主治医にお願いしてあったこともあり移植の話は妻だけになされ、私は2年間ほど移植の話があったことすら主治医・妻からは聞かされていませんでした。

 そして主治医から私に直接肺移植手術希望の登録について考えてみないかと言われたのは平成11年7月中旬のことでした。前年の8月中旬自宅で失神して倒れ救急車でS大に担ぎこまれ、8ヶ月余り生死をさまよいながらも原発性肺高血圧症治療剤静注用フローランの日本での発売に間に合い、フローラン治療が効を奏して前年8月下旬から高用量使い続けてきた心不全治療剤ド−パミン・ドブタミンを減量している最中のことでした。この年の2月28日臓器移植法に基づく脳死での臓器提供が日本で初めてあり、4例目の臓器提供があった頃のことでした。またS大に入院中の患者さんがO大学に搬送され生体肺移植が行われた直後だった記憶がありますが、脳死からの肺移植はまだ行われていませんでした。現在欧米では脳死からの肺移植例も多く年間1000例近く行われているようですが、臓器提供者の少ない日本では提供者の治療中に肺が最も痛んでしまう事もあり肺移植手術はまだ定着した医療に成り得ていない事は明らかです。またフローランが奏効し始めた頃の話であったことから肺移植手術を受ける気持ちは全くありませんでした。しかし主治医からフローランが効かなくなった時の保険と考え、心臓移植とは異なり登録期間が長い患者から優先的に臓器提供が行われるから1日でも早く登録だけでもしておいた方が良いと再三再四にわたり言われました。登録について検討してみるように言われた当初はS大入院中に肝移植・腎移植を受けた患者さんとお話する機会はあったものの、自分の中では移植手術そのものが遠い世界の存在にしか思えず、真剣に考えること事はありませんでした。ところが私と同じ主治医に罹り私より4ヶ月ほど前にS大に入院し親しくさせて頂いていた拡張型心筋症の女性患者T・Oさんが心臓移植の登録を済ませたのち状態が悪化したため心臓移植実施施設になっているJ病院にヘリコプターで搬送された頃から、何年か経てば症例数も増えて技術もアップしているかもしれないし、どの段階でも手術をお断りできるようだから登録だけでもしておいてもいいのかなという気になってきました。しかし家族からは日本では肺移植手術は確立された医療になりえていない現時点で手術を受ければモルモットになることは目に見えているし、一旦登録してしまえば今までお世話になってきた主治医の手前と私の断ることが出来ない優しい性格から、ドナーが発生した場合にはなし崩し的に手術を受けざるを得なくなるから登録自体に反対であるという意見が出されました。でも冷静になって考えてみるとフローランが発売される直前までの8ヶ月余りの間に幾度となくあと終日の命と宣告されて苦しい時期を乗り越えてきたことを考えるとフローランに替わる新たなる治療法が確立されない限り、フローランが奏効しなくなった時はまたあの時と同じ苦しさを味わわなくてはいけないのかと思うと、主治医の言うと通り保険の意味で登録しておいても良いのかなと思い、家族を説得し、平成12年2月京都大学医学部付属病院呼吸器外科長谷川誠紀先生・坂東徹先生から入院中のS大病棟でS大での主治医および家族同席のもとで一回目のインフォームドコンセントを受けました。この席で「現時点で臓器提供者が現れて自分の順番になってもフローランと肺移植との事を考えると手術をお断りすることになると思います」と述べ長谷川・坂東両先生の理解を求めると家族も安心して納得してくれ登録手続きを進めて頂く事になりました。4月にはS大外科H先生から腎機能・肝機能などが正常に近い状態のうちに肺移植手術を受ければ成功率は上がるから今直ぐにでも手術を受けるべきだという外科医としての意見を伺いましたが、フローランが奏効している状況の中で危険とも思える手術を受けようという気持ちにはなりませんでした。

 いろんなことがありながらも平成12年8月には2年近くお世話になったS大を「Kさんが笑顔で歩いて帰れるとは思わなかった」と看護婦さんに見送られて退院し、その後2年近く経過しましたが風邪と下痢のため其々10日前後の入院はあったものの原疾患にはさしたる悪影響もなく在宅医療が続けられています。その間同年11月にはS大外来受診日にあわせて長谷川先生に来て頂き第二回目のインフォームドコンセントが行われ、平成13年5月には中央肺移植適応検討委員会の審査に通り(社)日本臓器移植ネットワークに肺移植希望者として登録されました(臓器移植ネットワークから登録されたという文書で届くかと思っていましたが、京大長谷川先生からの電話だけでしたので少し拍子抜けしました)が現在は容態も落ち着いており当面の間移植を受ける意思がありませんので平成13年10月より待機inactive制度を利用させて頂きinactiveの状態になっています。

 紆余曲折がありながらも現在はinactiveになっているとはいえ肺移植希望者として登録しているわけですから状況が変わればいつ肺移植手術が行われるか分りませんが、その日のために解決しておかなければならない問題点や疑問点はあります。

  まずは2回目のインフォームドコンセントの席でも話題に上ったことなのですがドナーが出た場合の私の搬送方法及び移植手術に伴う費用がどれ位かかりその負担はどうなるのかという問題です。肺移植希望者は移植手術実施病院ではなく地元待機が原則のようですし、京都大学医学部付属病院を通して肺移植希望者として登録した患者さんで医療機関に入院していない患者は他には居られないようです。 ドナーが発生した場合にどのような段階(ドナーカードを持っておられる方が脳死状態になったときなのかあるいは2度目の脳死判定が済んだ後なのか)でレシピエント選択に入りレシピエントに連絡を取るのかで時間的にだいぶ違いがあると思いますが、自宅から高速を使って京都までは4時間余りかかるでしょうしヘリコプターを使うにしても京都大学と現在診察をして頂いている主治医とどう対応するのか話し合いもしていないと思います。ドナーが発生してから考えていたのでは当然遅すぎます。平成14年3月現在移植手術費用は生体腎移植・生体肝移植の場合は保険が適応され、脳死肝移植・脳死心臓移植の場合は高度先進医療が適応になっていますが、肺移植手術はこれらが適応になっておらず、学内研究の理由により京都大学で負担してくださる可能性がない訳ではないのでしょうが自己負担になる可能性が高いでしょう。 長谷川先生もどのくらいの費用がかかるのか皆目見当がつかないと仰っていましたが、臓器移植ネットワークのホームページによると肺移植に係る経費は次のようになっていました。

術前検査費 5万〜7万円 平均6万円
移植手術費 42万〜230万円 平均140万円
移植後入院治療費
(投薬除く)
310万〜1110万円 平均1060万円
移植後投薬費 43万〜300万 平均110万円
退院後治療費 200万円200万円

平成13年5月臓器移植対策室調べ

 平均金額を単純に合計しても1500万円を上回りどのような形で請求が来るのか分りませんが直ぐにお支払できる金額ではなく、肺移植手術を断念せざるを得ない状況になるかもしれません。

 しかし幸いにしてドナーが現れ移植手術まで辿り着けばよいのですが、平成11年2月に日本で初めてドナーが現れて3年半近い年月が経ちますが臓器移植法に基づく臓器提供は20例しかありませんし、その中で肺移植手術を受けられた方は僅か10名だけです。移植の登録を決断したのはフローランを使い始める直前までいつ命が絶たれてもおかしくない状況の中でもがき苦しんでいたことを思い出し、フローランが奏効しなくなった時にはまた同じ苦しみを味わわなければならないと不安にかられると同時に、フローランが効かなくなるまでには日本でも症例数も増え定着した医療になっていて欲しいとの願いがありました。しかし現実に肺移植希望登録患者になって冷静に考えてみると、自分がレシピエントになって肺移植手術の順番が回ってくる可能性は現在の肺移植希望登録患者数(平成14年6月30日現在49名)とこれまでの臓器提供者数を比較してみれば極めて少ない気がしますし、自分の病状が悪化した時に今まで以上家族に負担を強いて肺移植を待ち続ける気力は自分に残ってはいないと思います。そして今後もここ1年位の間に報道されてきた日本臓器移植ネットワークを巡る諸問題と日本人の死生観から少なくともこれまで以上に臓器移植法に基づく移植手術が増える可能性があるとは思われません。

 平成13年11月20日付の信濃毎日新聞の報道によると、日本臓器移植ネットワークが製薬会社から学会などへの寄付を仲介し手数料を取っていたトンネル寄付を巡り厚生労働省に、公益法人としての寄付受け入れを自粛するよう勧告され、国庫補助金も来年度から削除されるのを受けて、支出削減と収入増を図るために「財政構造改革案」をまとめたことが関係者の話から分ったという。財政構造改革の一環として一臓器あたり20万円の「あっせん経費」を移植実施施設に請求する一方、臓器提供病院への交付金(最高100万円)を廃止するという。交付金廃止について臓器提供病院(都内の大学病院)側は「臓器提供をバックアップする気はないと宣言したようなもので、提供しなくてもいいと言うに等しい」と批判しているという。また移植ネットの理事の油井清治・全国腎臓病協会会長は「『あっせん経費』は移植を受ける患者への負担増につながる。移植ネット全体の構造改革をしないで患者負担だけ突出するようなら言語道断だ。中央集権化したコーディネーター業務をもっと各地のブロックセンターに委譲すれば無駄な経費も削減できるし、臓器提供増えるはずだ。」と話しているという。その事実を裏付けるように平成14年4月19日付で日本臓器移植ネットワークから財政構造改革の一環としてそれまではネットワークが負担してきたコーディネート経費の一部分を移植を受ける患者に負担してもらうことになったという文書が私の元に送られてきました。『命のリレー』を合言葉に発足した臓器移植ネットワークの運営が円滑になされ臓器提供が増えてくれればいいとひそかに願っています。

 平成9年10月16日臓器移植法が施行され日本でも脳死も人の死であるという法律が出来ました。それまでも長い間脳死について議論されてきましたが、心臓死だけが人の死であった日本で心臓が動いているのに脳が死んでいるからと言って残された遺族は直ぐにその死を受け入れることができるのでしょうか。私は平成5年2月母を看取った経験からも懐疑的にならざるを得ません。

 母は昭和56年と60年の2回にわたり自宅で心筋梗塞の発作に見舞われ、往診してくれたかかりつけの医者から救急車で市内の総合病院に行くように指示されながらもそれを拒み続けました。幸いにして命に別状はなく1ヶ月も経つとそれまでと同じように家事をし始めましたが、父と私の間では次に発作が起こった時にはもうだめかもしれないと言う覚悟は出来ていました。果せるかそんな事態が平成5年2月に起こりました。数日前から便秘に加え下腹部の痛みを訴えていましたが、この日の夕食後にこの痛みを何とかしてもらうために総合病院に運んでくれと、あんなに病院に行くのを嫌がっていた母が私に懇願しました。かかりつけの近医が診察時間外であっため私の大学の先輩である総合病院薬剤部長の自宅に電話を入れて事情を話し緊急時間外受診させて頂ける様お願いし内科医に連絡を取って頂き、父と二人で病院に担ぎ込みました。この時の母の状態は「明日の朝まで持ちこたえられれば何とか治療には入れるのだが・・・」と自宅から駆けつけてくれた内科医長に言われたほど悪化しており、即座に入院になり家族による昼夜に渡る看病が始まりました。そして3日目の朝9時過ぎ心室性不整脈が表れたことを知った私はそれまで懸命に看病してきてくれた妹に母の命は長くはないだろうと告げると、妹は怒ったように「お兄ちゃんなんでそんなに簡単にあきらめるの。私は最後まで最善の治療をしてもらう」と母の枕もとに寄り添い母にしきりに話し掛けていました。母もまだ意識があるのか「雨が降ってきたから洗濯物を取り込まなくてはいけない」「水戸黄門が始まるからテレビをつけてくれ」とはっきりとした口調で話をしていました。事実この時はかなり激しい雨が降っており水戸黄門の再放送が始まる午前10時が迫っていました。妹の願いも叶わず最期は私たち兄弟3人がまだ小さかった頃母がよく聞かせてくれた童謡を家族と共に歌いながら永い眠りにつきました。平成5年2月午前10時22分のことでした。私たち家族にとってこの3日間不眠不休で大変でしたが安らかな眠りへの旅立ちを助けてあげる事が出来たのではないかと自負しています。またこの時母がドナーカードを持っていて脳死状態になったとしても家族としてそれに同意できなかったのではないかと思っています。そして今、病に冒された自分に置き換えてみると、できるかどうか分らない移植手術を家から遠く離れた医療機関で待つよりも1日でも長く家族に囲まれていた方がどんなに幸せかと思う今日この頃なのです。

  そんな思いにかられている最中の平成14年6月にはJ病院で心臓移植手術待機中のT・Oさんのご主人から先月末から多臓器不全のため衰弱しきったT・Oさんは眠られたままICUに入って治療を受けなければならない状態になってしまったことをS大入院時の共通の主治医にも連絡だけして置いて欲しいとの一報が入りました。S大入院中にはお世話になりT・OさんがJ病院に転院し私が自宅療養に替わってからも定期的に連絡を取り合い、T・Oさん夫婦から励まされながらここまでやってこられたと思っていただけにこの事実には少なからぬショックを受けました。J病院に転院してからも毎週末には地元から離れたJ病院まで通い、どんなに辛くても常に明るく振舞ってきたご主人から、電話に出た妻に「Kさんのご主人には家でのんびりさせてあげてやってください」と諭されたそうです。O・Tさん夫婦の頑張りは必ず心臓移植の夢を果し再び元気になって地元に戻ってこられるものだとばかり思っていました。O・TさんはJ病院でも移植が成功し退院するときに歩けないと恥ずかしいからとリハビリのために補助人工心臓装置を主治医や看護婦さんに押してもらいながら歩くほど頑張り屋さんでした。その間2度にわたりO・Tさんがレシピエントなるべくドナーが現れJ病院の医師が臓器提供病院まで出向いたそうですが、移植に耐えられるような心臓でなかったため移植までは進みませんでした。そして今冬、常に前向きなご主人から「最近一旦脳死と判定された患者さんが息を吹き返してしまったことがあってから、臓器提供者が現れなくなってしまった」という心臓移植に対する悲観的な言葉が発せられました。そして「昨日午前3時過ぎ遠い国に旅立った」という電話が入ったのは平成14年6月のことでした。S大からJ病院に転院して2年8ヶ月余りの歳月が流れていました。私には到底絶えられられる年月ではなく心肺機能が働かなくなる前に精神的に参ってしまうでしょう。T・Oさんと同じように臓器移植法に基づく臓器移植を望みながら願いが叶わず亡くなられた方は平成14年4月1日現在、心臓32名・肺21名・肝臓58名・腎臓1097名・膵臓1名になっています。私も臓器移植法に基づく臓器移植が定着した医療に成ることを望みながらも、脳死からの臓器移植が現状以上に進まない限りO・Tさんのご主人に言われるまでもなく自宅でのんびり暮らしながら、おふくろのように家族に囲まれて旅立つ選択をすることになるような気がしています。

平成14年7月7日 七夕の夜に

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